たんめんのゆるふわ分析日誌

ゆるくフワッと出来事を分析します

僕がポジティブシンキングが嫌いな理由

 こんにちは!たんめんです。現代は「待機児童」、「少子化」、「不倫騒動」、「就職難」などと言った受け入れ難い事が頻繁に起こっていますね。しかしその一方で物事を前向きに考える「ポジティブシンキング」が絶大な人気を得ています。

 

 

 

 皆さんはポジティブシンキングが好きですか?タイトルから分かる通り、僕はポジティブシンキングは嫌いです。物にもよりますけど。何で僕がポジティブシンキングが嫌いか?その理由を話したいと思います。

 

 

 しかしその前に1点だけ気をつけてほしいことがあります。コレは僕個人の好みの話であってポジティブシンキングを良い悪いを評価してる訳ではありません。強いていうなら、どんなに高潔な考え方でも必ず短所はあるという事で、ポジティブシンキングも例外ではないという事です。そこがどうしてもダメな人はいるというというのが今回のブログの趣旨でもあります

 

 

 僕が何でポジティブシンキングが嫌いか?一言で言うと、「辛さの共有」が困難になる可能性があるからです。

 

「ポジティブシンキング」という言葉を辞書で調べると(下記URL参照)、「積極的、楽観的に考える事」と出できます。

http://dictionary.goo.ne.jp/jn/203888/meaning/m0u/

 

 

漠然とし過ぎてピンと来ないと思いますが要は「経験や辛さ、逆境をより良い見方で見よう、成長の糧としよう」と考える事です。それだけ見ると一見良いことづくしのように見えます。しかし裏を返せば「逆境」を「成長の糧」にし続けるか、「辛い状況の中」より良い考え方をし続けなけらばならないわけです。

 

 

でも、人間やっぱり「辛いよ」、「耐えられないよ」、「殴りたい奴がいる、殴らせろ」、「助けて」くらいは言いたくなりますよね?僕は自分の辛さを言葉にしてTwitter上で辛さを共有しあってパワーを貰うタイプなので尚更です。やっぱり僕の立場からするとどうしてもポジティブシンキングが好きになれない。程度にもよるけど、人が弱音を吐いたり暗いこと恐ろしい事をちょっと口走ってしまうのは当然の事では?と思います。それなのに「ポジティブに考えなきゃ、不幸になる」という考えは少し違う気がします。

 

 

じゃあ、弱音を吐くこと闇を吐き出すことに何の意味があるのか?それは「自分の辛さが何か」をハッキリさせることです。辛さが何かをハッキリさせることのメリットは大きく分けて二つあって、一つが「辛さを共有する事でメンタルが安定する事」です。メンタルがある程度安定してこそ物事を長く続けられます。何より気分がいいですし。二つ目は、「自分が何で困っているのかがハッキリする事」です。そこがハッキリする事で他者と気持ちが共有出来ます。仮にそれが出来なかったとしても自分の気持ちをハッキリさせるだけで自分の暴走した気持ちを止める事もできます。運が良ければ、自分では気づかなかったことの発見にも繋がる可能性もあります。

※感のいい方は分かったと思うのですが、ネガティヴな思考にもメリットはあります。その話は後ほど。

 

 

 

 

僕はポジティブシンキングが嫌いです。正確に言うと、「ネガティヴな事柄=悪」と信じ込んでやまない極端なポジティブシンカーが大嫌いです。

 

もう少し気軽に弱音を吐ける、そんな世の中になるといいですね。